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ナナオは歩く

私は 歌
私は ここを 歩く
(ナナオ・サカキ「ココペリ」より)

ナナオ・サカキを初春の南伊豆に訪ねる。冬の西風はおさまったが、まだまだ夜は冷え込む。ナナオは友人の農家に居候している。窪地にひろがる夏ミカンの畑を見下ろすようにたつ作業所。その中のひと部屋。その小ささに似合わないナナオの大きな声。彼が喋る度に、白い顎ひげが明るい赤のセーターの上で踊る。

77歳。毎日少なくとも2時間、山道を十キロほど歩く。地元の誰よりも近辺の山と森に詳しい。2年前に転倒して骨折したが、彼の友人の話では、その後の彼の回復ぶりは人間業とは思えないくらいスムーズで、間もなく以前と同様大きく手を振って軽快に颯爽と“飛ぶように”歩き回る彼を見て、近所の人々が舌を巻いたという。ナナオにとって歩くことは生きること、とその友人は言う。だから、生きるには歩くしかないのだろう、と。

ぼくはこれまで様々な場所でナナオの噂を聞いた。カナダで、アメリカで、メキシコで、オーストラリアで、屋久島で、アイヌのくにで、沖縄で、大阪で。反原発、反核、反戦平和、そして環境保全のための行進やウォークには必ずといっていいほど彼の姿があるという。日本縦断、米大陸横断。長良川、タスマニア、ホピのくに、諌早湾。しまいに彼が実在の人物かどうか疑わしくなってきたほどだ。

彼の詩は、日本でよりも北米やヨーロッパで広く読まれている。最近ではイタリアで彼の詩集が人気を呼んでいるという。米国で出版された彼の英訳による一茶の句集も好評だ。タイトルの「インチ・バイ・インチ (Inch by Inch)」 は、「かたつむり そろそろ登れ 富士の山」の「そろそろ」の訳からとっている。そういえば、ナナオ自身にも「数学よ 歩け」という詩があった。


1日に 3km、
40年 歩いて 人は 地球を 一周する・・・
1日に 30km、
36年 歩いて 人は 月に 到着する

日本のヒッピーの元祖といわれる。米国の同世代の詩人たちと親交を深めた。アレン・ギンズバーグはナナオについてのこんな詩を残した。


たくさんの渓流に洗われた頭
4つの大陸を歩いてきたきれいな足・・・
ナナオの両手は頼りになる 星のように鋭いペンと斧

また親友のゲーリー・スナイダーは言う。

ななおの詩は、・・・足で書いたものである。・・・座ることで生まれ、歩くことで生まれた詩であって、知性や教養のためでなく、生のために、生きた生の軌跡としてここにある。・・・ななおの詩を靴の中に入れて、何マイルも歩かんことを!

午後、ナナオが3つの大好きなもののことを話してくれる。星、岩石、そして鳥。なるべく身軽に歩きたいのだが、どうしても愛用の双眼鏡3台を手放せないという。昨日からもう30時間、寝ても食べてもいないという。友人が急死した。彼と、残された家族のことを思うと寝る気にも食べる気にもならなかったという。

短い午睡の後、夕食をともにする。友人が用意してくれた鍋をつつく。親しかったアイヌの彫刻家砂沢ビッキの思い出。若い時に数カ月ずつを過ごした屋久島と知床半島の原生林のこと。去年の暮れの広島、長崎への平和行進のこと。今年の正月を諌早湾で水門の開放を願う地元民たちとともに迎えた話。

朝、いれたてのコーヒーをもって作業所を訪ねる。ナナオは今日も赤いセーター。火の気のないストーブの前で話しを続ける。窓からの日ざしが暖かい。無農薬のミカンを食べにくる鳥たちが賑やかだ。ニューメキシコの山奥の洞窟で暮らしていた時のこと。メキシコの砂漠での体験。カナダの大西洋側で見たあたりを暗くするほど空いっぱいの鳥。健康の秘訣は少食。大便はいつもきれがよく、トイレットペーパー要らず。

明日、あさってにも雪国に向けて旅立つという。ここ南伊豆はあまりに暖かく、冬が冬らしくない。だから、からだが雪と氷を求めて落ち着かない。かんじき(スノー・シューズ)をはいて歩くのだ、と、もう雪を目の前にしている子どものように目を輝かせ、声を弾ませてナナオは言う。昔はスキーも大分やりましたが、あれはやはり少し速すぎますな。すれ違う植物があれではよく見えない。動物にも会えない。スノー・シューズで歩くのがぼくにはちょうどいいのです、とナナオ。

歩く詩人ナナオ・サカキがぼくを見送りに出てくる。そのいでたちで、彼がこのまま山歩きに出るのがわかる。送られるはずのぼくの方が、彼を見送る恰好になった。

あれっきり、ナナオには会っていない。不思議なのは、彼と過ごした時間の記憶がしっかりしているのに、今でもあの南伊豆での出会いが夢だったかのように思えてならないことだ。キツネかタヌキにつままれた、というような。そういえば「野生に声あり」という詩があって、それは野生からの人間たちへの呼びかけをナナオが代筆したことになっている。その詩には「さわやかでたのもしい経済社会への道」として、次の10項目が並んでいる。


1.ぎりぎり 必要なものだけを 求めよう
2.工場製品でなく 手づくりを
3.スーパーマーケットでなく 個人商店 または生協に つながろう
4.虚栄と浪費のシンボル——誇大広告を まずボイコットしよう
5.最大の浪費 ミリタリズムに かかわらない
6.生活のすべてに もっと 工夫と創造を
7.新しい 生産と流通のシステムを 試みよう
8.汗と思いを わかち合う よろこびから
9.真の豊さとは 物と金に 依存しないこと
10.野生への第一歩——よく笑い よく歌い よく遊ぶ

今頃ナナオはどこを歩いているだろう。別れの時、手紙を書きます、といってくれたが、もちろん、手紙など来ない。彼の後ろ姿が心に焼きついている。赤いセーター、束ねて背中に垂らした白髪、青い空。


nanao

↑ナナオ(右)と辻信一


(『マスコミ市民』2002年1月号掲載より抜粋しました)