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連載5 スロー・イズ・ビューティフル

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「スモール」の次はいよいよ、もう一つのS、「スロー」です。「小ささ」と同様、「遅さ」も「優しさ」と密接に関係しています。もう一度、シューマッハーに倣(なら)って言いましょう。「優しさ」は「遅さ」の中でこそ発揮される。逆に、適正な速度とは「優しさ」が可能なほどの「遅さ」だ、と。

誰にも身に覚えがあるのでは? 忙しすぎて、急ぎすぎていて、優しくなれないでいる自分に。そう、大切なものを大切にするには、そして愛を育むには、時間が必要なのです。

その肝心の時間がない!とすれば、それは人生の危機に違いありません。しかも、その〝時間欠乏症〟が伝染病のように社会全体に蔓延しているとしたら? サティシュ・クマールは一生を振り返って、インドの田舎で生涯を過ごした母親こそが、自分にとって最も偉大な先生だった、と言います。彼がまだ幼い頃、彼の姉であるスラジのために、お母さんは長い時間をかけて美しいショールをつくります。スラジは母親を喜ばそうとしてでしょう、素敵なショールがもっと速くできるように機械を使うことを勧める。「どうして?」と聞き返す母親に、娘は「時間を節約するために」と答える。それを聞いた母親は次のように諭したそうです。

時間が足りなくなるとでもいうの? 神様は時間をつくるとき、たっぷりとつくったのよ。時間はいつも向こうからやって来る。いつだって明日があり、来月があり、来年があり、来世さえある。それなのになぜ急ぐの。お母さんはね、針を動かしている時ほど心休まることはないの。その仕事こそが私の宝物……

でも、と母親は続けます。機械に急かされるようになったらおしまい。それに、機械があれば仕事が減るというのも嘘。年に1枚か2枚のショールでよかったのに、こんどは10枚のショールをつくるためにあくせく働くことになるのがおち。第一、時間を節約したとしても、余った時間で一体何をするというの?

あのシューマッハーも著書の中で、こう言っていました。「ある社会が享受する余暇の量は、その社会が使っている省力機械の量に反比例する」

時間を余らすために急ぎ、機械を使う。でも、急げば急ぐほど、逆に忙しくなり、時間はなくなっていくのです。そして、その中に詰まっていたはずの貴重なつながりもまた消えていく……

今、一番大事なことは「ゆっくりでいいんだよ」と言ってあげることではないでしょうか。自分に、周りの人々に。大人は子どもに。そして人間は自然に。

絡み合った効率と愛のもつれをほどき(アンラーン)、「遅さ」とともに愛を学び直す(リラーン)のです。


2014年 婦人之友 5月号掲載