ゆっくり小学校 ≫ 授業風景

ゆっくり小学校1期へご参加頂きました、宮ノ入里佳さんにご感想を頂きましたのでご紹介させていただきます。



ふしぎなご縁をいただいたなぁ、とゆっくり小学校で過ごした時間を振り返ります。
ゆっくり小学校にいるとき、私は自分が場違いな感じはしていました。
遡るとゆっくり小学校の申し込みボタンを押した時も。笑
卒業してからも毎日、時が、風が吹き抜けていくように過ぎていく卒業生らしからぬ私に、どんなことが書けるかしら?お役に立てるかな?と思うんです。

ゆっくり小学校が生まれたきっかけが東日本大震災でしたでしょうか。
3・11は多くの人たちに目覚めを与えてくれましたよね。
だけど毎日の暮らしは元通りに忙しなく。。
波が寄せてはかえすように私たちは行ったり来たり。
目覚めは悲しみの始まりでした。
でも悲しみは贈りもの。
悲しくないと幸せや楽しみを探しに出ることは出来ないですものね。

この世界には「しくみ」のようなものがあって、それを知って生きるのと知らずに生きるのとでは感じることも見える景色も違いますね。
ひとつの出来事を学びの機会にするか悩みの種にするか、はたまた見なかったことにして忘れたふりをするか。笑

ゆっくり小学校は「しくみ」をやさしく楽しく学びなおすところでした。
そして人付き合いが不得手な私が人を好きになる学校でした。

小さい頃から「いのち」についてほんとのことが知りたい意欲の強い子どもだった気がします。
だから震災があって、食べものや暮らし、社会で起きてることの私たちに知らされないことなんかを知るようになって、私は悲しくて泣きながら何処かでワクワクしていました。
このワクワクがサティシュさんやゆっくり小学校に繋がったかなと思います。

私は介護福祉士の仕事をしています。
死に間近に向かう人のそばにいるお役目を頂いていると理解して仕事をしています。
でも現場は人手が足らず、走り回って目一杯な仕事をこなしながらのサービス業となっています。違うと感じることはよくあります。
おじいちゃんおばあちゃんたちは施設にいることを幸せだっていいます。
でもほんとうは自分の家で、大好きな人の側で過ごしたいはずです。
最後まで好きなように過ごせる暮らしをだれもが出来たらいいです。

私の会社員の夫は夜遅くまで働いていて家事も育児も関わる余裕があまりありません。
「もっとゆっくり生きたい、こんなの変だよ、コンビニが24時間営業で電車も遅くまで動いてるからお父さん早く家に帰れないじゃないの。田舎に行こう、畑しよう。」って話しても「みんなそうやって生きてるんだ。田舎なんて行きたくない。」って。
みんな一生懸命です。多くの人が暮らし方を変えることも出来ずしんどそうですよね。

こんなふうに暮らしているたくさんの人たちにゆっくり小学校に出会ってもらうにはどうしたらいいでしょう。
いい案は浮かんで来ないのですが。
「心地よく暮らす」
だれもがそう願って生きてると思います。
安心して憩える場所があって安心して美味しいごはんを食べられて、仲良く笑顔で生きる。
私は母で妻で兄弟たちの妹で父母の娘です。
ゆっくり小学校のみんなのように広くは及びませんが、身近なひとたちが心地よく暮らすために出来ることをしたいという想いです。